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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)3128号 判決

原告

ジョン・イー・ミッチェル・カンパニー

右代表者

ハリー・エル・クランバッカー

右訴訟代理人

大塚正民

徳岡卓樹

安田三洋

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

須藤典明

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二九三五万四三四一円及びこのうち別表誤納源泉税欄記載の各内金に対し、同納付日欄記載の日の翌日から完済に至るまで、それぞれ年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨の判決

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四九年九月九日、訴外三共電器株式会社(昭和五七年一〇月一日商号変更により現商号はサンデン株式会社、以下「三共」という。)との間で、三共に対し、原告が有するコンプレッサーに関する特許及びノウ・ハウに基づいて製品を製造し、使用し、販売するための実施権を与える旨の技術援助契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

2  三共は本件契約に基づき、コンプレッサーを製造・販売し、原告に対し、右契約に基づくロイヤリティ(特許使用料)を支払つたが、その際、三共は右ロイヤリティの源泉徴収税を差し引いたうえ、これを別表納付日欄記載の日に被告(伊勢崎税務署長)に納付した。

ところで右納付金のうち、別表誤納源泉税欄記載の各金員(以下「本件納付金」という。)は、三共が原告に支払つたロイヤリティのうち、海外に輸出された製品分について支払つたロイヤリティ(ランニング・ロイヤリティ、以下「本件ロイヤリティ」という。)に対応する源泉徴収税である。

3  しかし、本件納付金は、三共が納付義務がないのに誤つて納付したものであり、三共は被告(伊勢崎税務署長)に対し本件納付金の返還請求権を有していたものである。

4  三共は、昭和五七年二月二六日、右の本件納付金返還請求権を原告に譲渡し、同年三月一六日、被告(伊勢崎税務署長)に対して右債権譲渡の通知をなした。

5  よつて、原告は被告に対し、譲り受けた不当利得返還請求権に基づき金二九三五万四三四一円及びこのうち別表誤納源泉税欄記載の各内金に対し、それぞれ対応する同納付日欄記載の日の翌日から完済に至るまで、それぞれ国税通則法所定年七・三パーセントの割合による還付加算金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4の事実のうち三共が原告主張の日に被告(伊勢崎税務署長)に対して誤納金返還請求権譲渡の通知をしたことは認めるが、その余の事実は不知。

三  抗弁

1  三共は昭和四五年六月二三日、原告との間で、原告の有するコンプレッサーの製造技術に関する特許及びノウ・ハウに基づいて、三共が日本において、製品を製造、販売等をするための実施権を原告が三共に許与する旨の契約(以下「当初契約」という。)を締結した。

そして、三共は原告の技術援助により自動車向けエア・コンディショナー用コンプレッサーの共同開発に着手し、昭和四九年に至り製造が軌道に乗つたところから、同年九月九日、改めて原告との間に当初契約についての変更契約としての本件契約を締結し、特許権の実施権に対するロイヤリティ等三共が原告に支払うべき金額について左記のとおり合意した。

(一) 本件契約調印日から六〇日以内、又は本件契約発効日から三〇日後までに、イニシャルペイメント(頭金)七〇万ドル。

(二) 本件契約発効後五年間は販売されたコンプレッサー一台につきロイヤリティ五〇セント。

ただし、最初の二年間は一台につき五〇セントの割合で計算した金額が五〇万ドルに達しない場合は、各年ミニマム・ロイヤリティ(最少限度の特許使用料)五〇万ドルを支払う。

(三) 本件契約発効後五年経過後は、コンプレッサーの総販売高の一パーセントの金額(ランニング・ロイヤリティ、出来高払の特許使用料)。

2  三共は、本件契約に基づきコンプレッサーを製造・販売し、原告に右ロイヤリティを支払つたが、その支払の都度、支払うべき金額の一〇パーセントの税率による所得税を源泉徴収し、三共の所在地を管轄する伊勢崎税務署長に自主納付した。

3  右所得税源泉徴収は、所得税法一六一条七号イ、同法二一二条一項及び「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約」(昭和四七年六月二三日条約第六号、以下「日米租税条約」という。)一四条に基づき適法になされたものである。

すなわち、所得税法によれば、国内において業務を行う者から受ける「工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料又はその譲渡による対価」で当該業務に係るものは、「国内源泉所得」とする(同法一六一条七号)と定められ、外国法人に対し国内において右国内源泉所得の支払をする者は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までに、これを国に納付しなければならない(同法二一二条一項)とされている。

また、日本租税条約によれば、一方の締約国(アメリカ合衆国)の居住者が他の締約国(日本国)内の源泉から取得する使用料に対しては、双方の締約国が(したがつて日本国も)租税を課することができ(同条約一四条(1))、その税率は一〇パーセントをこえないものとし(同条(2))、右使用料とは「……特許権、意匠、模型図面、秘密工程、秘密方式、商標権その他これらに類する財産若しくは権利、ノウ・ハウ……の使用又は使用の権利の対価としてのすべての種類の支払金」をいう(同条(3))と定められている。

4  しかるところ、本件契約に基づき三共の取得した特許権の実施権の内容は発明された技術を生産段階で使用することにほかならず、三共は右実施権に基づいて、右特許権を使用し、同社の日本国内工場においてコンプレッサーを製造し、製品の販売高に応じてロイヤリティを支払つたものであるから、右ロイヤリティは製造段階で使用された特許権の対価であつて所得税法及び日米租税条約の定めにより、日本国内の源泉から生ずる所得に該当し、日本国所得税の源泉徴収の対象となるものである。

5  したがつて、本件ロイヤリティは国内源泉から生ずる所得であるから、その源泉徴収税である本件納付金は適法に納付されたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1及び2の事実は認める。

2  同3のうち、所得税法一六一条七号イ、同法二一二条一項及び日米租税条約一四条に被告主張のような規定があることは認め、本件の所得税源泉徴収が適法になされたとの主張は争う。

3  同4及び5の主張は争う。

五  原告の主張

1  本件ロイヤリティの全額が国外源泉であり、本件ロイヤリティに対する源泉徴収税として納付された本件納付金は法律上の原因を欠くものであるが、その根拠は次のとおりである。

(一) 当初契約においては「本契約の有効期間中、原告は三共に特許及び原告のノウ・ハウと技術にもとづき日本において製品を製造し、製造させ、使用し又は販売する独占権利と独占実施権を許与する。」とともに「原告と原告の子会社は、原告が特に承認する以外は、日本を除くすべての国で製品の完全な独占的販売権を有する。」と定められていたが、本件契約においては「原告は三共に対して、本特許に基づき、世界のいかなる場所においてもコンプレッサーを製造し、使用し、販売する独占的なライセンス(サブライセンスを与える権利を含む)を与える。」と定められており、右にいう本特許とはアメリカ合衆国特許第三五五二八八六号(オルソン特許)及び同国特許第三八三八九四二号(ポコニー特許)を基本特許とし、これに基づく外国特許としてのイタリア、イギリス、西ドイツ、フランス、ブラジル、メキシコ及び日本における各特許権を指すものである。

このように当初契約を本件契約に改めた目的は、三共が原告の手を通さずに製品を輸出しうるようにすることにあつたのであり、したがつて、本件契約下での特許権とは輸出先国における特許権(とくにアメリカ合衆国における右基本特許)であり、本件契約下での特許権の実施とはこの特許にかかる製品を当該輸出先国(とくにアメリカ合衆国)において販売することにほかならない。そうだとすると、日本国内における実施のみを許諾した当初契約下でのロイヤリティは、国内源泉所得であるが、輸出先国での実施を許諾した本件契約下でのロイヤリティは国外源泉所得である。

もつとも輸出先国の中には原告の特許権の存在しない国も一部含まれてはいるが、本件契約上、それらの国への輸出分についても原告の特許権の存在する国への輸出分と同様、ロイヤリティが支払われることとされているのは、原告が当初契約の下で有していた日本以外の国における完全な独占的販売権に対する見返りとしての性格を有するものであつて、その意味で、原告の特許権の存在しない国への輸出分についてのロイヤリティも国外源泉所得としての性格を有する。

(二) 本件契約下での特許権の実施とはアメリカ合衆国等輸出先国において販売することを指し、本件ロイヤリティは、右販売に特許が使用されていることの対価として支払われるものであることは、本件契約の五・〇一及び五・〇二の規定により明らかである。すなわち、仮にポコニー特許がアメリカ合衆国において無効とされれば、たとえば同特許が日本において有効とされたとしても、ロイヤリティは自動的に七五パーセント減額されるし、仮にオルソン特許がアメリカ合衆国において無効とされれば、たとえ同特許が日本において有効とされたとしても、ロイヤリティは自動的に二五パーセント減額される。したがつて、ポコニー特許及びオルソン特許の双方がアメリカ合衆国において無効とされれば、たとえこれらの特許が日本において有効とされたとしても、ロイヤリティは自動的に零となるのである。

更にポコニー特許が日本及びアメリカ合衆国において有効とされても、もしある輸出先国において無効とされた場合には、その輸出先国への輸出分にかかるロイヤリティは七五パーセント減額されるし、オルソン特許が日本及びアメリカ合衆国において有効とされても、もしある輸出先国において無効とされた場合にはその輸出先国への輸出分にかかるロイヤリティは二五パーセント減額される。したがつて、ポコニー特許及びオルソン特許の双方が日本及びアメリカ合衆国において有効とされても、もしある輸出先国において右特許の双方が無効とされた場合には、その輸出先国への輸出分にかかるロイヤリティは自動的に零となるものである。このような規定によれば、本件ロイヤリティが、輸出先国における販売に原告の特許権が使用されていることの対価として支払われているものであることは明らかである。

(三) 本件において、輸出される製品に課せられるロイヤリティは、三共の子会社で、三共の製造したコンプレッサーを輸出している訴外三共インターナショナル株式会社(現商号はサンデンインターナショナル株式会社、以下「三共インターナショナル」という。)から第三者に対する輸出台数を基礎として算出されているのであつて、輸出先国における販売すなわち輸出先国における実施に対する対価であることは明らかであり、本件ロイヤリティは国外源泉所得である。

2  仮に、原告の特許権の存在しない国への輸出分に対応するロイヤリティは、国外源泉所得といえず、したがつて本件ロイヤリティの全額が国外源泉所得でないとしても、原告の特許権(ポコニー特許及びオルソン特許)の存在する国への輸出分は、全輸出分のうち八六パーセントを占めるから、これに対応するロイヤリティ、すなわち本件ロイヤリティのうちの八六パーセント相当額が国外源泉所得である。

3  仮に右主張が認められないとしても、本件契約においては当初契約とは異なり「生産(製造)」と「販売」とが区別され、販売が重要視されたが、その割合がいかほどであるかにつき算定するのは困難であるので、かかる場合の一般原則によりそれぞれ二分の一とすべきであり、輸出先国における販売に対する分である本件ロイヤリティの五〇パーセントが国外源泉所得である。

4  仮に右の3の「販売」分全部が国外源泉所得とはいえないとしても、原告の特許権(ポコニー特許及びオルソン特許)の存在する国への輸出分に相当するロイヤリティ(前記2)の半額、すなわち本件ロイヤリティの四三パーセントは国外源泉所得である。

六  原告の主張に対する被告の反論。

1  本件ロイヤリティが国外源泉所得であるとする原告の主張はいずれも理由がない。

(一) 原告の主張1(一)について

本件契約においては、当初契約と比較して特許権の実施の範囲はより拡大され、かつ、その適用地域も日本国内から全世界に及ぶこととなつた。

しかしながらその変更の経緯をみると、三共は、当初契約のもとで、原告の技術援助により自動車向けエア・コンディショナー用コンプレッサーの共同開発に着手したのであり、当初契約の目的は実用可能な製品の製造開発にその重点があつたもので、そのため、当初契約は条文も簡易なもので足りたが、右共同開発の試作段階を経て商業的量産が可能となつたため、その実態に即し、より詳細な本件契約の締結に至つたもので、本件契約においてもその実施権の内容のうち最も重要性をもつものはコンプレッサーの製造にあることに変りはない。

(二) 原告の主張1(二)について

原告主張のように、当該輸出先国での特許の使用に対してロイヤリティが支払われるというのであれば、日本において両特許が無効とされても、当該輸出先国において両特許が有効な場合には、ロイヤリティを免除されることはないはずであるにもかかわらず、本件契約によれば、このような場合にはロイヤリティの全部が免除されることとなつているのであつて、このことは、原告の主張によつては説明しえない。

本件契約において、原告主張のようにロイヤリティが輸出先国での特許権の使用に対して支払われるとの前提に立つて、当該輸出先国での両特許が無効とされた場合にはロイヤリティを免除するという立場を採つていたのであれば、本件契約上当然に、特許の登録されていない国への輸出分については特許を使用する余地は全くないから、ロイヤリティを免除する旨の規定が設けられてしかるべきところ、そのような規定は設けられていない。しかも、本件契約上、三共は全世界に製品を販売しうるとされていて、当然に本件両特許の登録されていない国への輸出も予定されていたのであるから、原告のような立場に立つなら、この場合に関する免除規定のないことは不合理であるということになる。

(三) 原告の主張1(三)について

原告は三共インターナショナルへの販売台数は、本件契約におけるロイヤリティ算定の基礎とはなつておらず、三共インターナショナルから第三者に対する輸出台数が算定の基礎となつていることをもつて、本件ロイヤリティは国外源泉であると主張するが、三共インターナショナルはもつぱら三共が生産した製品を輸出するために三共によつて設立された子会社であり、三共から三共インターナショナルへの販売台数は、多少の時期的なずれを別とすれば、三共インターナショナルの輸出台数と一致するのである。

しかして、結果的には、生産された製品は、いずれ国内及び国外に販売されるのであるから、生産台数によるか販売台数によるかは計算上の便宜の問題にすぎないのであつて、ロイヤリティの性質を左右するものではない。

2  原告は本件契約において「生産(製造)」と「販売」を区別し、両者を同程度に重視したうえ、少なくとも本件ロイヤリティの二分の一が国外源泉所得であると主張するが、このように二分の一とすべき根拠は全くないのみならず、本件契約上、ロイヤリティの支払に関して「生産(製造)」と「販売」が区別されているものではなく、本件ロイヤリティの支払は、本件両特許の根源的使用である「生産(製造)」に対してされたものであるから、右原告の主張は理由がない。

仮に「生産(製造)」と「販売」とを区別しうるとした場合でも、次のとおり本件ロイヤリティはすべて国内源泉である。

(一) 本件におけるコンプレッサーは、すべて三共が日本国内で製造している。そして、三共は、日本国内向けの製品は自ら販売するとともに、輸出する製品は三共とは別個の内国法人である三共インターナショナルに売り渡して、三共インターナショナルがこれを輸出していたものである。

(二) しかるところ、本件契約によれば、その主体は原告と三共であり(三共インターナショナルは当事者ではない。)、本件両特許の使用許諾はサブライセンスを与える権利を含め、三共に対して与えられ(本件契約二・〇二)、他の条項(例えば二・〇六など)にあるように「三共またはその関係者」に対して与えられているものではなく、また、三共が原告又はその関係者以外の購買者に本件コンプレッサーを販売した場合には、工場から出荷されたとき、第三者に委託されたときにはその倉庫から出荷されたときにそれぞれ販売されたものとみなされている(三・〇六)のであるから、本件契約下においては、結果的に日本国外に輸出されたものであつても、三共が三共インターナショナルに対して売り渡すために工場から出荷した時点で、三共は原告に対してロイヤリティを支払うべき義務を負つたといわざるを得ない。したがつて、本件ロイヤリティは、仮に「販売」に係る分を含むとしても、それは国内源泉所得なのである。

(三) もつとも、本件契約によれば、契約発効後五年間は三共か、同社又はその関係者によつて販売された各コンプレッサー一台につき五〇セントを支払うとされている(三・〇二)が、三共は三共インターナショナルに対して製品を売り渡した時点で原告にロイヤリティの支払義務を負つているのであるから、右の規定は、三か月毎の具体的なロイヤリティの額を計算するための台数計算方法を定めたものというべきであつて、本件ロイヤリティが国内源泉所得であることを左右しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実及び抗弁1、2の事実は当事者間に争いがない。

二原告の本訴請求は、本件ロイヤリティに対する源泉徴収税である本件納付金が本来は納付すべきものでないのにかかわらず、三共が誤つて納付したものであるとしてその返還請求権があることを前提とするものであり、これに対し被告は本件納付金は適法に納付されたものであると主張するので、この点について判断する。

1  所得税法一六一条七号イには、国内において業務を行なう者から受ける「工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料又はその譲渡による対価」で当該業務に係るものは、「国内源泉所得」とすると定められ、同法二一二条一項には、外国法人に対し国内において右国内源泉所得の支払をする者は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までに、これを国に納付しなければならないと定められている。

また、日米租税条約には、一方の締約国(例えばアメリカ合衆国)の居住者が他方の締約国(例えば日本国)内の源泉から取得する使用料に対しては、双方の締約国(したがつて日本国も)が租税を課することができ(一四条(1))、その税率は一〇パーセントをこえないものとし(一四条(2))、右使用料とは「……特許権、意匠、模型、図面、秘密工程、秘密方式、商標権、その他これらに類する財産若しくは権利、ノウ・ハウ……の使用又は使用の権利の対価としてのすべての種類の支払金を」いう(一四条(3))と定められている。

そして所得税法一六二条には、日本国が締結した所得に対する租税に関する二重課税防止のための条約において国内源泉所得につき前条の規定(一六一条)と異なる定めがある場合には、その条約の適用を受ける者については、同条の規定にかかわらず、国内源泉所得は、その異なる定めがある限りにおいて、その条約の定めるところによるとされており、他方、日米租税条約六条(3)には、一四条(3)(a)に掲げる権利(工業所有権等)に対する使用料は、当該権利の一方の締約国(例えば日本国)内における使用又は使用の権利につき、当該使用料が支払われる場合に限り、当該一方の締約国内の源泉から生ずる所得として取り扱うと定められている。

2  そこで本件ロイヤリティが原告の有する特許権等の日本国内における使用又は使用の権利につき、支払われるものといえるか否かの点について検討する。

(一)  前記争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 当初契約では、「原告は三共に特許及び原告のノウ・ハウと技術に基づき日本において製品を製造し、製造させ、使用し又は販売する独占的権利と独占的実施権を許諾する」ものとされ、他方「三共は原告に対し、三共に与えられた実施権とサービスの対価として次の金額を支払う」ものとされた。

(イ) 契約発行日から六〇日以内に七五、〇〇〇ドル

(ロ) ノウ・ハウと特許が商業的量産に適用可能であることが判明したとき、ただし一九七一年一月三一日までに、二五、〇〇〇ドル

(ハ) 三共が製造し販売した各製品の正味販売価格の二パーセントのロイヤリティ

(ニ) 他に量産日以後に追加補償金

また、右契約においては、「原告と原告の子会社は、原告が特に承認する以外は日本を除くすべての国で製品の完全な独占的販売権を有し、三共は日本で販売されるすべての製品に対し独占的販売権を有する」ものとされ、原告は三共から右の日本以外の国での販売のため製品を買い入れることとされていた。

(2) 三共は原告の技術援助により自動車向けエア・コンディショナー用コンプレッサーの共同開発に着手し、当初は生産量も少なかつたが、その後設備投資などにより量産の目途がつくようになつたが、三共としては、当初契約のロイヤリティが正味販売価額の二パーセントと高く、販売実績が増加するとロイヤリティが多額になるため、ある程度の一時金を支払つてもロイヤリティが安くなるようにしたい希望があり、また、それまで原告を通じて輸出していたものを、輸出拡大のため独自に輸出できるようにしたい希望があり、その場合原告が他の外国メーカーに本件特許の専用実施権を与えたりすれば、輸出拡大に差し支えることから、本件特許の実施権を世界各地に拡大させようと考え、三共は原告との間で、当初契約を変更するための交渉をし、当初契約の変更契約である本件契約を締結した。

(3) 本件契約においては、「原告は三共に対し、本特許に基づき、世界のいかなる場所においてもコンプレッサーを製造し、使用し、販売する独占的なライセンス(サブライセンスを与える権利を含む)を与える」(本件契約二・〇二)こととされており、右にいう本特許とはアメリカ合衆国で認可された「自動制禦式駆動手段付コンプレッサーユニット」の特許を基本特許とし、これに基づく外国特許としてイタリア、イギリス、日本及び西ドイツにおいて申請中のもの若しくは認可されたもの(以下「オルソン特許」という。)並びにアメリカ合衆国で認可された「潤滑システムの強化手段」の特許を基本特許とし、フランス、西ドイツ、イタリア、日本、イギリス、ブラジル及びメキシコにおいて申請中のもの若しくは認可されたもの(以下「ポコニー特許」という。)である(一・〇二、一・〇三、一・〇四、以下これらを「本件特許権」という。)。また本件契約においては本件特許権に基づく独占的な実施権を与えること等の対価としてのロイヤリティ等三共が原告に支払うべき金額について次のように定められた(三・〇一、三・〇二、三・〇三)。

(イ) 本件契約調印日から六〇日以内、又は契約発効日から三〇日後までに、イニシァルペイメント(頭金)七〇万ドル

(ロ) 本件契約発効後五年間は販売されたコンプレッサー一台につきロイヤリティ五〇セント。ただし、最初の二年間は、一台につき五〇セントの割合で計算した金額が五〇万ドルに達しない場合は、各年ミニマム・ロイヤリティ五〇万ドルを支払う。

(ハ) 本件契約発効後五年経過後本件契約の期間中は、コンプレッサーの総販売額の一パーセントの金額のロイヤリティ。右の総販売額は当該ロイヤリティ計算期間中において、販売された(原告あてであると否とを問わない)コンプレッサー総数に、その期間中の最初の日の正味販売価格(コンプレッサーが原告に売られる三共の本社工場F・O・B〈積み込み渡し〉価格)をかけて得られる総金額をいう。

(4) 三共が、コンプレッサーを販売する場合の経路は、日本国内販売分は、子会社であるサンデン販売株式会社(以下「サンデン販売」という。)に製品を売り渡し、サンデン販売を通じて国内に販売しており、輸出分は、本件契約後三共の子会社として設立された三共インターナショナルに製品を売り渡し、三共インターナショナルが外国に輸出していた。

本件契約においては、ロイヤリティの額を決定するため、三共によつて原告又はその関係者以外の購買者に販売されたコンプレッサーは、それが三共によつてその工場から出荷された時又はコンプレッサーが第三者に委託されるときは、それらがその受託者によつてその倉庫から出荷された時をもつて販売されたものとみなし、三共(又は受託者)によつて出荷が停止され、又は三共がその代金を受領せずに購買者から受け取りを拒否され返品されたときは、三共は出荷に適用されるロイヤリティと同額の控除を受ける旨定められ、また、原告又はその関係者に販売されたコンプレッサーは、三共がその代金を受け取つたときに販売されたものとみなされる旨定められている(三・〇六、三・〇七)。もつとも、実際には、ロイヤリティの計算は、国内販売の場合にはサンデン販売の販売実績に基づいて計算し、輸出の場合には、三共インターナショナルが輸出のため船積みした数量に基づいて行われていた。

(5) 三共は、昭和五五年三月二八日に本件特許権を原告から買い取るまでは、外国でコンプレッサーを製造したことはなく、すべて日本国内の工場で製造していた。また、昭和五一年一一月から昭和五四年一〇月までの三共の製造したコンプレッサーの販売台数のうち、輸出分は七八・四パーセントであり、その輸出先には、本件特許権の登録されている国(九か国)のみならず、未登録国(二七か国)も含まれており、未登録国への販売台数は輸出分中の約一四パーセントに及んでいる。

(二)  右の事実に基づいて検討する。

本件契約によれば、「原告は三共に対して、本特許権に基づき、世界のいかなる場所においてもコンプレッサーを製造し、使用し、販売する独占的なライセンス(サブライセンスを与える権利を含む)を与える」ものとされ、右の特許権に基づく独占的な実施権の許諾等の対価として、三共は、本契約の期間中、原告に対しロイヤリティの支払義務を負担しているものであるところ、日本国内における製品(コンプレッサー)の生産(製造)及び譲渡(販売)が日本国において登録され又は出願中の特許の実施に当たることはいうまでもないが、他に製品の輸出先国における販売等にも当該輸出先国における特許が使用されうるものといいうるから、本件において、ロイヤリティは日本国における特許の実施に対してだけでなく、輸出先国における特許の実施に対する対価としても支払われているのではないかとの疑問がなくはない。

しかしながら、

(1) 本件契約の場合、世界各国に対して輸出される製品について、原告の特許の登録されていない国への輸出であつても、すべて一律に販売されたコンプレッサー一台当たり五〇セント(本件契約発効後五年間)又はコンプレッサーの総販売額の一パーセント(五年経過後)のロイヤリティを支払うことと定められているところからして、輸出先国における特許を販売段階で使用することの対価としてロイヤリティが支払われているとみることは相当ではない。けだし、特許の登録されていない国への輸出分については、その国の特許を使用する余地がないからである。

(2) 特許権の実施とは、その権利の内容である技術等を用いるあらゆる段階の行為、すなわち、本件のような物を生産する方法の発明の場合には、発明された製法を使用して物を生産し、生産された物を使用し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡しのために展示し、又は輸入する行為であり(特許法二条三項参照)、本件契約においても、特許権の実施は、特許にかかる発明された製法を使用して製品を「製造し、使用し、販売する」こととされているが、特許として保護される権利の内容は、本来的には自然法則を利用した技術的思想の創設で高度のもの(特許法二条一項参照)であるから、前記のような各使用段階のうちでも最も根源的なもので、かつ重要視されるものは、その技術方法を使用して新たな付加価値を創出する生産(製造)であると考えられ、製品の譲渡(販売)は、生産の後に生ずる第二次的な使用にすぎないのである。

本件契約においては、ロイヤリティは、契約発効後五年間は三共又はその関係者によつて販売されたコンプレッサー一台につき五〇セント、その後は三共又はその関係者の販売したコンプレッサーの総販売額の一パーセントと定められ、三共によつて原告又はその関係者以外の購買者に販売されたコンプレッサーは、それらが三共によつてその工場から出荷されたとき(それらが第三者に委託されるときは受託者によりその倉庫から出荷されたとき)をもつて販売されたものとみなされ、三共によつて出荷が停止され、又は三共がその代金を受領せずに購買者から受け取りを拒否され返品されたときは、三共は、出荷に適用されるロイヤリティと同額の控除をうけるものとされており、これらの規定によれば、本件契約において、ロイヤリティは、原告又はその関係者に販売される場合を除き、三共の工場から出荷された(又は受託者によつてその倉庫から出荷された)段階で、支払義務が発生するとともに、生産されても出荷に至らず、又は一旦出荷されても返品されたような場合にはロイヤリティの支払義務がないものと解される(なお三共によつて原告又はその関係者に販売されたコンプレッサーについては、三共がその代金を受領したときに販売されたものとみなされるが、これはコンプレッサーの代金の支払と、ロイヤリティの支払を同時期にすることにより、ロイヤリティの額を代金額から差し引く等支払を簡便にすることを可能にするためであると推測される。)。

右のように国内販売分も輸出分も区別せずに一律に販売されたコンプレッサー一台当たり又はコンプレッサーの総販売額を基準として支払うべきロイヤリティの額が定められ、しかも生産(製造)後流通におかれた最初の段階で支払義務の発生するものであることからすれば、本件契約におけるロイヤリティは、販売段階における特許の使用に着目して支払われるのではなく、特許の根源的使用である生産(製造)段階における使用に着目して支払われるものであつて、ただ生産されても結局流通におかれなかつたものについてまでロイヤリティの支払義務を課することをせず、生産後はじめて流通におかれた段階においてロイヤリティの支払義務を課したものと解される。本件においては、原告又はその関係者に対する販売分を除けば、日本国内の三共の工場において生産され、サンデン販売又は三共インターナショナルへの販売のため、三共の工場(又は受託者の倉庫)から出荷されたときにロイヤリティの支払義務が発生するのである。(もつとも、実際には、ロイヤリティの計算は、国内販売の場合にはサンデン販売の販売実績に基づいて計算し、輸出の場合には、三共インターナショナルが輸出のため船積みした数量に基づいて行われていたが、これは単に計算の便宜のために、右のような取り扱いが行われたにすぎないものと解される。)

以上(1)(2)によれば、本件において三共から原告に支払われたロイヤリティは、輸出分に対応する本件ロイヤリティを含め、その全額が日本国内において本件特許権が使用されたことの対価として、支払われたものと考えるべきである。

(三)  原告は、本件ロイヤリティが日本国における特許権の使用に対して支払われたものではなく、輸出先国での使用の対価として支払われたものである旨種々の主張をするので、次に順次判断する。

(1) 原告の主張1(一)について

当初契約を本件契約に変更した目的の中に、三共が原告の手を離れて独自にコンプレッサーを輸出することを可能にすることが含まれていたことは、上記認定のとおりであるが、本件契約において実施権の場所的範囲が日本国内から世界各地へと拡張されたのは、単にそのうちの販売のみでなく、製造、使用、販売というあらゆる段階の特許権の実施権そのものであることは上記認定事実から明らかであるから、本件契約下での特許権が輸出先国での特許権であり、特許権の実施が製品を輸出先国において販売することのみを指す旨の原告の主張は首肯しがたい。

また、原告の特許権の存在しない国への輸出分に対するロイヤリティが、当初契約の下で原告が有していた日本国外での独占的販売権に対する見返りとしての性格を有するものであるから国外源泉所得であるとする原告の主張も独自の見解であつてたやすく首肯しがたい。

(2) 原告の主張1(二)について

〈証拠〉によると、本件契約の五・〇一、五・〇二の各条項には、仮にポコニー特許がアメリカ合衆国において無効とされれば、右特許が日本において有効であつても、ロイヤリティは七五パーセント減額され、オルソン特許についても右と同様の場合にはロイヤリティが二五パーセント減額されること、ポコニー特許が日本及びアメリカ合衆国において有効とされても、ある輸出先国において無効とされた場合には、当該輸出先国への輸出分にかかるロイヤリティは七五パーセント減額され、オルソン特許についても右と同様の場合には当該輸出先国への輸出分にかかるロイヤリティは二五パーセント減額されることがそれぞれ規定されていることが認められる。したがつて、ボコニー特許及びオルソン特許の双方がアメリカ合衆国で無効とされれば、右両特許が日本において有効とされても、ロイヤルティは零となり、また、右両特許が日本及びアメリカ合衆国において有効とされても、ある輸出先国において各特許が無効とされれば、当該輸出先国への輸出分にかかるロイヤリティは零となることは、原告主張のとおりである。しかしながら、本件契約の前記各条項は、同時に、両特許が日本において無効とされれば、アメリカ合衆国及びその他の輸出先国において有効とされても、ロイヤリティは零になるものであることも規定しており、本件契約におけるロイヤリティが、輸出先国における販売に本件特許が使用されていることの対価として支払われているものとすれば、右の点を説明しえないものであるから、原告主張の前記規定は、必ずしも本件ロイヤリティが輸出先国での特許権の使用(販売)対価として支払われたものとする根拠となりうるものではない。

(3) 原告の主張1(三)について

上記認定のとおり、三共は三共インターナショナルに売り渡し工場から出荷した時点(第三者に委託してある場合には受託者の倉庫から出荷した時点)でロイヤリティの支払義務を負つているのであり、〈証拠〉によれば、本件契約三・〇二には、三共は同社又はその関係者によつて販売されたコンプレッサー一台につき五〇セントを支払うとされているが、右規定は三か月毎の具体的なロイヤリティを計算するための台数計算の方法を定めたものとみるべきである。また、輸出分についてのロイヤリティの計算は、実際には、三共インターナショナルが輸出のため船積みした数量に基づいて行われていたことも上記認定のとおりであるが、これは台数計算の便宜上このような取扱いが行われていたにすぎず、ロイヤリティの支払義務の発生するのは、前記のとおり三共が三共インターナショナルに売り渡し出荷した時点であることからすると、本件ロイヤリティが原告主張のような理由で国外源泉所得であるとすることはできない。

(4) 原告の主張2ないし4について

本件ロイヤリティは、その全額が国内源泉所得であることは、上記認定のとおりであって、原告の右各主張は、いずれも採用できない。

3  そうすると、本件ロイヤリティは、日米租税条約六条(3)の規定にいう本件特許権の日本国内における使用又は使用の権利について支払われたものとして日本国内の源泉から生ずる所得に該当し、同条約一四条(1)(2)により被告が租税を課することができるものであり、本件ロイヤリティに対する源泉徴収税である本件納付金は三共によつて適法に納付されたものといわざるをえない。

三以上によると、三共による本件納付金の納付が誤納であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡崎彰夫 裁判官高橋隆一 裁判官竹内純一)

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